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展覧会情報(旧ギャラリーどらーる掲示板より)

2024'03.29.Fri
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2007'01.29.Mon
展覧会案内 投稿者:竜馬@管理人 投稿日:2006/05/02(Tue) 20:41 No.3820  
 

3820.jpg ■「第34回 美術文化北海道支部展」

会場:札幌時計台ギャラリー

会期:5月22日(月)~27日(土)

美術文化会員・新道展会員の藤野千鶴子さんからご案内が届きました。

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2007'01.29.Mon
展覧会案内 投稿者:竜馬@管理人 投稿日:2006/03/23(Thu) 14:00 No.3666  
 

3666.jpg ■「吉川 孝 個展」

会場:札幌時計台ギャラリー B室

会期:3月27日(月)~4月1日(土)

全道展会友で、最近は国画会の展覧会にも出品、連続入選しております吉川 孝 さんの個展です。

生意気な言い方で申し訳ありませんが、私の好きな作家です。
新作を楽しみにしております。



展覧会 竜馬@管理人 - 2006/03/27(Mon) 21:58 No.3697  

3697.jpg ◆「吉川 孝 個展」

会場:札幌時計台ギャラリー B室

(株) DORALは3月20日が決算日でした。
新たな期を迎えるに当たって今が最大の多忙期になっております。
従って「札幌時計台ギャラリー」の吉川 孝 さんや、徳丸 滋 さんの個展が始まりましたが会社から一歩も出ることが出来ませんでした。

私は拝見していないのですが、ギャラリーどらーる専属の某特派員が作品の写真を届けてくれましたので先んじてUPします。

冠水橋A」4F・「冠水橋C」3F・「沈下橋Ⅱ」100S・「冠水橋('05)」130F

翳ニ続ク海」100S・「沈下橋Ⅰ」100F・「冠水橋」100F×2点組・「海ニ降ル雨」100S

目ニ注グ雨」30F・「時と翳」10S・「翳ノ海」SM・「冠水橋B」3F

作品の写真を見ただけで昨年よりも格段に良くなっているのが分かります。
早く観てみたいですね。



Re: 展覧会案内 竜馬@管理人 - 2006/03/29(Wed) 17:55 No.3706  

写真を先に見てからの訪問でしたが作品を拝見して来ました。
国展では2段がけの上に飾られているのばかり見ておりましたし、全道展でも多数の作品の中の1点でしかありませんが、B室には程よい数の展示で、吉川さん特有の蒼色が空気を引き締めている感が致しました。

この個展のメインの「冠水橋」100F×2枚組は国展にも全道展にも出品する作品ではありませんが、「どうしてもこの個展で観てもらいたかった」作品だそうで、搬入ギリギリまで筆を入れていたそうです。
その為に国展の作品が全然描けておらず、2週間以内に新しく1枚と、展示していた1枚の加筆も必要でこれから大忙したと張り切っておりました。



闇に浮かぶ片目のゆくへ T.nakamura - 2006/03/31(Fri) 19:29 No.3709   HomePage


吉川さんは1972年生まれであるから、現在、34歳である。新進気鋭の芸術家、という風貌は一切してない。会えばすぐ分かると思うが、とても腰の低い、折り目正しい、普通のサラリーマンという出で立ちである。話してみても、いわゆる芸術家臭味のあることばは口から全然出てこない。そのことにこころよい好感を持つ。で、個人史をうかがうと、やはりと言うか、専門の美術学校の教育課程を受けた人ではない。それでは画を描き始めたきっかけは何かと伺うと、19歳のときに、それは起った。聞くところによると、全道展の伏木田さんの芸術にふれて電撃的な衝撃を受け、その直後、我をも省みず、伏木田さんへ電話をかけたそうである。その青天の霹靂的な突発的な行為がどうもその後の吉川さんの人生の軌道を少しばかり変えた模様である。その突発的パッションが彼の美術家としての軌跡を描くことになる発端に位置している。この不可思議な運命的な絵画との出会い。それから伏木田さんの画塾の門をたたき、一から画の勉強を始める、画を描くことに熱中するという、彼の人生にとって大きな意味を持つ時間が始まる。そして、1995年から、伏木田さんが所属する全道展に作品を出すようになる。七年目の年の、2002年の全道展で、佳作賞を受ける。翌年の2003年には奨励賞を受け、そして2004年の全道展では北海道新聞社賞を受賞し、会友に推挙され、現在に至る。またこれに少し付け加えるなら、一時期、全国規模の公募展のひとつである自由美術協会展に作品を出している。また現在は2002年から国画会に作品を出している。

B室の吉川さんの全作品を眼の前にして、誰もが、その異様な、異形な画の佇まいに驚かない人はひとりとしていないであろう。画面の全面は深い深い漆黒の闇で埋めつくられているからだ。これは原始太古の地球を覆っている宇宙空間の闇なのか。それとも、人間という存在そのものに原始から巣食っている禍々しいまでに邪悪で底知れぬ精神の闇の色なのか。さながら、闇の中の悪夢を引きずり出したかのように、すべてが真っ暗闇の青の世界でひたされてある。その漆黒の暗闇の基調となっているのは深くて厚くて底知れぬ程暗い青系統の絵の具の積み重なりであって、眼を凝らして画の中を覗いてみても、物の形も影も気配もひっそりと闇の底に沈んで見つけだすことが困難である。その異様な青の色彩の荒々しいぬたくりの幾つもの痕跡がまず眼を穿つ。それは誰もが捕らえることの不可能な不可解な存在をあばこうとしているかのようだ。すなわち、唯ひたすら、底知れぬ闇の実体に対して吉川さんの精神が対峙していて、その不可視の闇の虚空にむかって果敢に挑戦し、その烈しい衝突の反動のプロセスが、この青の絵の具の色の烈しい息遣いと休息の往復運動を引き起こしている。

闇の中に沈んでいる不可視の気配にむかって全身を傾け、眼を凝らし、じっと見続けるうちに、眼は次第に闇に慣れ、その闇の色の微細な息遣いの音を聞分け、闇から発してくる存在の幽かなにおいをかぎわける。その刹那に闇に穿たれたちいさなひかりの割れ目に気がつく。それが人の眼の形のような、それも片目だけが見えている。

そして懐かしい記憶のぼんやりとした像を誘い出す。随分と以前、多分、歴史の教科書の写真の中に、はるか紀元前の地中海の人間がこしらえた素焼きの欠片に描かれていた、アーモンドの形をした人の眼のかたちに、それはそっくりなのである。

その人の眼が果たして誰の眼であるのか、作家の眼であるのか、誰か他の人の眼であるのか、あるいは・・・・・・・、その素性を明かす手がかりはすべて闇のなかに埋もれていて確かめる術がない。その稚拙とも感じるアーモンドの形をした正体不明の片眼だけが見開かれたまま、こちらを静かに見ているのである。不気味と言えば、不気味ではないか。しかもそのぼんやりと開かれた眼の手前に白いハツカネズミの姿さえ見えるではないか。

この画面を覆いつくしている闇のふかさをえんえんと描いている吉川さんのことを想像するうちに、いつか、私の視線は数万年前の人類の精神の痕跡へと向かう。南フランスのどこかの洞窟の奥の奥、日の光が完璧に届くことのない暗闇の場所、その湾曲した岩肌に隈なく描かれた数百体もの動物の生き生きとしたフォルム、19世紀に発見されて、その地に因んだクロマニョン人と名づけられた、これらホモ=サピエンスが洞窟に残した太古の「絵画」のことをなぜか想起する。

その太古のホモ=サピエンスが残した「絵画」のように、否、それ以上に、吉川さんの画を覆いつくす暗闇は完全に沈黙していて、何も語ろうとはしない。不自然な人間的「意味」を拒否しているかのようだ。

暗闇のその不可視の物質感・存在感(だけ)をあえて純粋に「絵画」のモチーフにして制作をこころみることは常識的にはノーマルな「絵の道」からは随分とはずれている。そういう類の感想をうむと思う。しかし「絵画」とは何かという、あの根源的な問いの前に立ち、その問いにこたえるポジションとしての根源的なイメージ(原型的イメージ)をはるか先史時代の闇のなかに探し求めるなら、あの洞窟の「画」にたどり着くことになる。其処の場所から、吉川さんの画業を眺めてみるなら、案外、吉川さんのこころみは「絵画」の正しい道を歩んでいると言えるかも知れない。

数万年の時間をおいて、現代のホモ=サピエンスのひとりである吉川さんは、きわめて始原的に純粋なる「絵画」の制作を(あたかもクロマニョン人のように)試みているのかも知れない。

そこから吉川さんの「画」の欠陥も見えてくるであろう。だがそのことにはふれない。それに関しては個々の鑑賞者の判断にゆだねる。

さて最後になるが「画」のタイトルにふれてみる。

「翳ニ続ク海」2004(100S)・「目ニ注グ雨」2004(30F)・「海ニ降ル雨」2005(100S)・「時と翳」2005(10S)・「冠水橋(’05)」2005(130F)・「冠水橋」2006(100F×2)・「冠水橋A」2006(4F)・「冠水橋B」2006(3F)・「冠水橋C」2006(3F)・「沈下橋」2006(100F)・「沈下橋Ⅱ」2006(100S)・「翳ノ海」2006(SM)・「星ノ海」2006(1F)。

「海」「雨」「冠水」、すべて「水」にかんするモチーフである。そして「水」のモチーフに静かに連動するように「橋」のモチーフへとつながる。そして「冠水橋」から「沈下橋」へとモチーフはいまも動いている。

「冠水橋」も、「沈下橋」も、「画」の何処を隈なく探して見ても、「橋」のすがたはその影も形も見つからない。見えるのは青一色の複雑怪奇な世界である。あたかもすべてのものの形を青の絵の具で塗りこめてすっかり消してしまった果ての果てに見出されるかも知れぬ純粋の青の色の世界がそこに出現することの奇蹟を待っているかのように。(ベケットのゴドーを待つ人のように。)

「冠水橋」も、「沈下橋」も、作家にとって「絵画」の制作へと向かわせる根源的な「モチーフ」のひとつであって、吉川さんにとって、それが制作の方向と登攀のルートを暗示する詩的なメタファーなのである。その言葉をくり返しくり返し呟くことによって自ずと喚起するであろう絵画的イメージのこころよい運動に身をゆだねることだけが要請されている。

吉川さんは大抵の画家の場合と同じように「二足のわらじ」を履いている。それはそれ相当の水圧に抗して画業をつづけていく覚悟を持つことになる。それが「絵画」制作の困難さそのものと無関係であるにしても、やはり、大変なことだと思う。是非とも、からだをこわさない事を願っている。

2007'01.29.Mon
展覧会案内 投稿者:竜馬@管理人 投稿日:2006/03/14(Tue) 13:21 No.3643  
 

3643.jpg ■「徳丸 滋 展」 

会場:札幌時計台ギャラリー

会期:3月27日~4月1日


ニセコ在住の画家 徳丸 滋 さんは毎年6月に札幌の札幌時計台ギャラリーで個展をされております。
今年は少し早いこの時期での個展になります。
独特の画風でニセコを中心とした自然と風景を幻想的にみせて下さるものと期待しております。



展覧会 竜馬@管理人 - 2006/03/27(Mon) 22:47 No.3698  

3698.jpg ◆「徳丸 滋 展」

会場:札幌時計台ギャラリー

吉川 孝 さんの個展同様、残念ですがまだ観ておりません。
特派員から画像だけ届きましたのでUPさせて頂きます。
出来るだけ早く伺います。

ホオズキ」10cm×10cm 紙・CG、「アザミ」10cm×10cm 紙・CG、「ホオズキ」10cm×10cm 紙・CG

エゾアジサイ」F4 油彩、「ニセコアンヌプリ」40cm×40cm 油・アクリル、「半月湖」P8 油彩

」30×60cm 紙・CG、「ハンノキ」60×30cm 紙・CG、「カラマツ」M50 油・アクリル

白い山」F100 油・アクリル、「山霧」F100 油・アクリル、「トドマツ」M100 油・アクリル

」73cm×103cm 油・アクリル、「ダケカンバ」64㎝×101cm 油・アクリル、「」P20 油・アクリル

」64㎝×101cm 油・アクリル・板、「羊蹄山」M20 油・アクリル、「」64×101cm 油・アクリル

ニセコ高原」P20 油・アクリル、「」P30 油彩、「」73×103cm 油・アクリル・板、「細い木」F4 油彩

2006年新作が随分多いですね。
徳丸先生頑張りましたね。 



Re: 展覧会案内 天然記念物 - 2006/03/27(Mon) 23:52 No.3699  

まぁ、なんということでしょうね!
私は1日に札幌に行きます。でも、午後便なので、間に合うでしょうか。どうしてこんなにうまくいかないんだろう。まだ個展を見たことがないなんて、信じられないけれど、本当です。



Re: 展覧会案内 竜馬@管理人 - 2006/03/28(Tue) 06:19 No.3701  

天然さん お久しぶりです。
そうでしたね。天然さんが大好きな徳丸先生なのに個展は行ったことは無かったのですね。
4月1日は土曜日ですから札幌時計台ギャラリーの最終日。
16時には次週の作家との飾り変えが始まるので、午後便では難しいかな?



Re:展覧会 竜馬@管理人 - 2006/03/29(Wed) 10:38 No.3705  

病院での定期MRI検査の帰りに拝見して参りました。
全作品22点。内7点が「紙・CG」と表記した作品でした。
写真を原画にして、アドビのペイントショップとイラストレーターでデジタル処理した作品で、最近はこの手法を使った作品は版画の範疇に入れられているようです。
パソコンにデーター入力した写真をひとつひとつの画素をサイコロ大に拡大して削ったり書き加えたりしています。
実際の写真から余計な部分を削り取り、シンプルな画像を創りだしておりますから徳丸先生の自宅の前の木や裏の雑木林がとても美しく描かれておりました。
とても時間がかかり、かつ根気のいる作業で、『描いた方がうんと速い』と笑っておられましたが、やり始めたら面白くてたまらなくなったそうです。
徳丸さんは風景を描く画家ではありませんで、主に自宅周辺の樹木や沼、自宅正面の羊蹄山や裏側のニセコ連峰等のスケッチを元にして膨らませたイメージで作品を創っております。
1本の木が何点もの作品になっているのを拝見するのも楽しみです。

今回の個展は昨年に完成させた作品と、昨年から今年まで手を入れ続けていた作品などほとんどが新作でした。
昨年小川原 脩 記念美術館での「麓彩会」に出品し、神田 日勝記念館での個展にも出した代表作の「沼」は同じ作品でしたが、今回の「川」という作品も昨年の「川」と同じ角度から手前に数本の木を配して対岸の樹木を減らした別作品であって、『これは昨年と同じだろうか?』と悩ませてくれます(笑)。
その他にも「カラマツ」は、昨年の神田 日勝記念館での「青い霧」の雰囲気を引き継いでおりますし、「羊蹄山」を会場で見た時は、神田 日勝記念館での「羊蹄山」と同じ作品とカン違いを致しました。
同じ風景をサイズを変えて描かれる作家は多いのですが、ひとつの木や林、山などを自在に姿を変化させて美しい作品に仕上げる作家も珍しいかも知れません。
若しかしたら『ああ、これあの時の作品ですね』とカン違いされる方を楽しみにしているのかも知れませんね(笑)。

今年の作品傾向は下色が赤っぽい色を使っているのか、全体にピンクっぽい色調の作品が多く、徳丸さんの描くニセコに暖かく包まれている気持ちになって帰れます。
隣のB室の吉川 孝さんと好対照ですから、どちらから先に観るのか決めて入られたら良いかも知れません。

2007'01.29.Mon
展覧会案内 投稿者:竜馬@管理人 投稿日:2006/03/23(Thu) 13:43 No.3665  
 

3665.jpg ■「第5回サッポロ未来展」

会場:札幌時計台ギャラリー

会期:3月20日(月)~3月25日(土)

「北海道新世代作家達の現在」と銘打っております。40歳未満のジャンルを問わないグループ展で、波田 浩司さんが代表を務めている集団です。
昨年とメンバーがかなり変わっており、管理人の存じ上げない方も多く、興味深い展覧会です。
ご案内が遅れたことをお詫びいたします。




展覧会 竜馬@管理人 - 2006/03/23(Thu) 23:24 No.3667  

3667.jpg ◆「第5回サッポロ未来展」

展覧会案内をUPした1時間後には展覧会会場におりました。
波田 浩司・渡辺 和弘・谷地元麗子・宮地 明人・久津間律子さんの様に何人か直接存じ上げている方もおれば、藤井 康子さんみたいに独立の展覧会場で拝見した方、道展、全道展で見覚えのある方などおりましたが、まだ東京の学生の作品も含まれており興味深く拝見いたしました。
初めて村山 之都さんの作品を見た時の様な衝撃を受ける作品とは出会いませんでしたが、確かな力量を感じさせる若い作家も含まれておりました。
特に魅力を感じたのは河野 紫 さんと、山田 啓貴さんの作品でした。
才能を開花そせて欲しいですね

写真は@管理人代行に任せましたので、写し漏れなどもありましたが大方は写して参りましたのでリンクを貼ります。(順不同)
久津間 律子「想う」               宮地 明人「off」「paradox
山田 啓貴「翡翠の岸」             谷地元 麗子「時の間に間に
波田 浩司「羽の舞う日」「羽の舞う日」    田中 怜文「プロフィール
河野 紫「生の音色」               齋藤 麗「wax1/wax2」・(拡大
秋元 美穂「」                  山本 陽子「ディスタンス
佐藤 正和「メンガタクワガタのヘルメット」 水野 智吉「神話
渡辺 元佳「まくどmonx」            三浦 卓也「遠い想い
藤井 康子「THE MOMENT2」         河野 建「時速1.5km
宮澤 祐輔「使者」                平松 佳和「ALICE
稲實 愛子「」                  風間 真悟「route.32256
高村 葉子「地方都市の春」          片山 実季「乱心
西山 直樹「誘い」                小林 愛美「渇望
平野 可奈子「流れⅡ」             菊地 博江「ひょうめんのてりかえし」「トラップ
竹居田 圭子「この場所で生きていくということ「おいしい水」」「九人と、本をつくる
渡辺 和弘「題名を忘れたC室の作品」蒼月」「」「散華」「蒼翠
村山 之都「偽ボクサー」「幽霊が混じる」「犬と風呂に入る



Re: 展覧会案内 T.nakamura - 2006/03/24(Fri) 00:53 No.3669   HomePage


くたびれました (T.nakamura) 2006-03-24 00:27:13

完全装備をして、時計台ギャラリー登攀ルートABCDEFGコースに再挑戦してきました。今回はデジタルカメラのバッテリーもフル充電し、メモ帳とボールペンをピッケルとハーケン代わりに、先ずはベースキャンプからA地点へ登攀開始です。

スタートが13時00分、時計の針と反対周りのコースで、A地点にはいる。ここには油彩の大作が目白押しに並んでいる。私の眼をひいたのは波田浩司の「羽の舞う日」シリーズである。これが3枚並んでいる。現代の都市文明を無意識に肯定しながら生きている人間の形態模写がデフォルメされて描かれている。これを確かな映像として描ききる作家の主体的ポジションの在り処はどこにあるのかと問うと、それはやはり空中を舞っている羽にこそ認められる。この浮遊する羽は作家の批評の意識の水準を表象している。デフォルメされた顔の形と指先の形と全身のポーズの奇妙な歪みは確かに現代文明への批評の意思の現れであるが、それはしかし羽のように浮遊するだけで、確かな着地点を示しえない、示そうとはしない。それは実は内部崩壊の危険性をつねに抱え込んでいる。表現意思の背後から迫ってくるカタストロフィの危険性を予感しているはずである。なぜなら表現意思のパースペクティブの自己定義そのものに内的矛盾の胞子がひそんでいるからである。

この巨大な屍体のわきを細心の注意でもって通り抜けると、さらにその先に、またもや、巨大な氷壁の塊が見えてくる。村山之都の「幽霊が混じる」「偽ボクサー」である。この難関をくぐり抜けるにはどうしたらよいか。これは正面から対峙するしか仕方がない。この巨大な混沌としたイメージの集積から湧いて出てくる醜悪感はしかしながら「偽の」醜悪感にすぎない。「幽霊」の醜悪感にすぎない。それは「幽霊」であって、「にせもの」であって、真実ではない。真実から遠く離れるという身振りをとことんまで演じきる。それが演技であることさえ、見破られなければ、バレルまで続ける。ばれた所で、こわくない、アカンベーを見せ付けて、ジ・エンド、そこで幕である。ここにある表現意思は波田の場合とかなり違っていて、より確信犯的である。偽悪ぶるというポーズに騙されてはいけない。彼は絵画におけるホリエモンではないのだ。

B地点に進入。ここは時計回りで。ここは途中に齋藤麗の[WAXⅠ][WAXⅡ]というクレパスが連続していて、そこを通り抜けるのにいささか難儀する。そこから、C地点へ迂回して行くと、そこには藤井康子の[THE MOMENT 2][THE MOMENT 3]が続いていて、その先の氷壁を攀じ登っていくと、さらにその先に、平松佳和の[Jabberwock][ALICE][Bandersnatch]が迫ってくる。そこまでで、くたくたになったので、30分の小休憩する。

15時30分、開始。3階のD地点に向けて移動する。D地点で、別の登攀隊「どらーる」の坂本氏プラス1名に遭遇する。彼の隊は登攀を終えて下山のコースなのである。ちょとだけ、挨拶をかわす。D地点には平野可奈子の版画が並んでいる。その中間点に、色鉛筆とサインペンの細密画「コミックワールド」が口をあけて狙っている。それはかなり奇妙な世界である。怪しいので、幾つも、ハーケンを打ち込む。

それから、しばらくして、E地点に進入する。すると、その先のF地点辺りに、同じ登攀写真家の山岸さんの姿が見えるではないか。時計を見ると、16時00分である。お互いに声を掛け合い、しばらく、近況について語り合う。鈴木涼子の写真作品のモデルになったのは山岸兄弟であるとのこと。別れ際に、4月の彼の個展の案内状をもらい受ける。会場は門馬ギャラリーと書いてある。

E地点は狭い空間であって、高村葉子の「内陸」「地方都市の春」というこれまた奇怪な心象風景に眼を留め、しばらく、様子を伺う。

そこからもっと狭い空間であるF地点にはいると、そこには竹居田圭子の「この場所で生きていくこと『おいしい水』」と「九人と、本をつくる」が私たちを待ち受けているところだ。哺乳瓶が十数個、ガラスのテーブルの上に置かれている。中には水が入っていて、採取された場所の名前が紙ラベルに記入されている。その傍には、9角形のした木のテーブルの上に、黒い表紙の手作りの本が9冊置いてある。それは彼女が9人の作家との共同作業で作り上げた本のようである。中を覗くと、表紙の真ん中に印刷された名前の作家が白紙のページに彼女の指示に従って、あるいは反して、勝手に自由に書き込んでいる。それは書物という概念に少しだけ生気をふきこむ試みである。

さて、そこからさらに頂上を目差して、最後のG地転に移動する。そこの奥まったところに、風間真悟の巨大なインスタレーションの創造のプロセスが記録されている。そのプロジェクトは[route 32256]と名づけられる。詳しい製作方法は割愛するが、そこに置かれてあった分厚い「ポートフォリオ」を覗いてみたが、これは只者ではないと認識する。

ここまで攀じ登って来た上での感想であるが(たかだか3時間の登攀でしかないが)、この登攀ルートだけが唯一のルートではないという実感である。確かに表現の「現在」の情況の幾つかの断面は見える。そこには表現の深刻な危機意識が垣間見ることができる。見えるが、そこにある作品群が果たして「新世紀」を担うに足る持続的な登攀力を身につけているのかと問うてみるなら、少しばかり、私は懐疑的になる。




Re: 展覧会案内 T.nakamura - 2006/03/24(Fri) 09:03 No.3670   HomePage


登攀日誌補遺(A地点) (T,nakamura) 2006-03-24 08:45:39

本心を打ち明けるなら、A地点を通過するのに随分と難儀したのである。時間も一番かけたと思う。かかったと思う。

私はキャンプ地において頭の中で作戦を立てていた。イメージトレーニングである。それは最近立て続けに登攀を試みた幾つかの体験の記憶が重く残っているからである。近美というK2で日本の近世の登攀家国貞のいわゆる浮世絵的記録の一部に過ぎない美人画なるものを間近に見たことがある。その前後に、同じ近美の「北の日本画展」なる現在の浮世絵師の記録をつぶさに見る機会があった。また、「どらーる峰」にあっては1939年生まれの現代登攀家・米谷雄平氏の最近の登攀記録「さうすぽいんと」シリーズを垣間見たまたそれからずっと低い山であるが、「フラワーギャラリーダンクール峰」にて、若い登攀写真家たちの記録である「PHOTOGRAPHIC SYNDOROME」を見てきた。これについての報告は当サイトの主であるやないさんがすでに書いている。

で、これらの体験が私の頭の中で反芻されるうちに、「絵画とは何を描くものなのか」という最も基本的な問題に逢着したのである。絵画とは人間の脳内現象・脳内イメージを平面という画面に投影し、再構成されたものであるという仮の定義がおのずと生まれてきたのである。その仮設のポジションから登攀することに決めた。

さて、前置きが長くなったが、A地点で体験したことに戻ることにする。

A地点は一見するときわめてなだらかで登攀可能な地点と思いがちであるが、ここは最高の難所なのである。なぜなら、ここには現在の登攀の方法意識(方法論)があざやかなかたちで並べられているからである。

先ず最初のハーケンを打ち込む場所に久津間律子の「想う」が位置している。ここが最初の難関である。モチーフは人間の現在のかたちである。彼女の分身でもある若い女性が下着姿のまま、ひとり、椅子に座り、頬杖をついて物思いにふけっている。左半身の妖しい姿が眼に入る。その姿を作家はこちらから見つめている。女性の姿が映し出されていない大きな鏡には見るものの視点の背後にある世界が映し出されている。そこには白布で覆われたテーブルが見え、その上にワインの壜と髑髏が並んでいる。その手前に何か首飾りのようなものの影がうつっている。テーブルの奥には暗いスリット状の闇(隣の部屋への境界)が口を開けている。

ここでは鏡に映っている世界(背後の世界)が彼女の「想い」の象徴的な像としての意味を見る者に投げかけているのが了解できる。このような絵画の画面構成上の古典的な構図はすでに先人が究めつくした表現と認識のひとつの型であり、様式であることに誰もが気がつくことである。したがって、そのような画面構成の方法意識にもとづいて、飽くまでも、現在の人間の形をリアルに描いていくことの、その「可能性」が実はシビアに問われることになる。評はみなさんにお任せることにする。

その難所のつぎに待ち構えているのが、宮地明人の「off」と「paradox」である。これらの表現世界の主題になっているのも、久津間律子の場合と同じく、現在の人間のリアルなかたちである。しかし見る視点が異なるし、その主体的な絵画のポジションが違っている。それを両者の絵を等距離の位置から見比べるならすぐ分かることである。

宮地の場合も、ある意味では久津間と同じような古典的画面構成・構図を下敷きにして描いているのであるが、描かれているシーンを支えている視線の質量が重くない、とても軽い、乾いているのである。その違いは宮地の場合明瞭に方法意識として自覚されている。

「off」の場合、若い女性が下着姿のままひとりベッドの上にからだを横たえている。放心しているかのようである。ベッドの脇にはペットの犬がほぼ同じ格好をして横たわっている。ベッドの上に空になった円い皿とスプーンがなぜか置かれている。女性はかるく九の字の形のポーズをしていて、腕は無意識に投げ出されている。無防備な、何かの意思的行為が終わった直後の、一種の意識の空白感の心地よさに浸っているように見える。そこでは見る者(他者)との視線の共有は端から断念されている風に見える。これはきわめてプライベートな時間を現在の個々の人間がいつも経験していることの現状報告である。

人体と犬と皿とスプーンとベッドがそれだけが描かれている。このきわめて簡素で省略され抽象化された画面構成の方法意識は「off」というタイトルにもあらわれる。久津間律子の「想う」と宮地明人の「off」の方法意識上の差異はそのタイトル名にも歴然とあらわれている。

久津間は向き合っている、それから眼をそむけていない。何に対峙しているのかというと、自分自身の無意識の行方である。あるいは死と生のリアルな現実感の近さにである。それと違って、宮地はそのような不自由なポジションに身を固定することに生理的に違和感を感じていて、対象の世界からも、自分自身の無意識からも、もっと自由に、距離を置いて眺めている。それだけクールであり、乾燥している、目の玉の奥が。久津間の場合は濡れている、湿り気がいまだ残っているのだ。

ふたりとも、現在の人間のリアルな姿を絵画的に表現する手法として、「暗示」という手法を信じているようである。ただ、もしかすると、宮地の場合、あくまでも、絵画の一手法としてい、信じている振りをしているだけなのかも知れない。(
この項つづく)




お間違いでしょうか? 竜馬@管理人 - 2006/03/24(Fri) 09:54 No.3671  

3671.jpg >若い登攀写真家たちの記録である「PHOTOGRAPHIC SYNDOROME」を見てきた。これについての報告は当サイトの主であるやないさんがすでに書いている。

当掲示板のサイトは「ギャラリーどらーるHP」でありまして、梁井 朗 さん主宰の「北海道美術ネット」ではありませんが・・・・。

かの久保さんの「赤文字超長文レス」が最近訪れて下さらなくなり、やや気落ちしていた管理人ですが、中村さんの突然のご参加に些か戸惑い気味ではありましたが、投稿先アドレスミスなんてことであったら噴飯ものですものね(笑)。

それにしても「サッポロ未来展」に3時間以上の時間をかけてのご観覧とは驚きです。さぞや出品メンバーの皆様は感激でしょう。
私は撮影込みで40分でした (ガクッ)。



Re: 展覧会案内 T.nakamura - 2006/03/24(Fri) 11:31 No.3672   HomePage

登攀日誌補遺(A地点)つづき


絵画が脳内イメージを平面的な画面に投影し、それを再構成したものであるという仮の定義から、私は登攀を開始したのであるが、さて、A地点のルートはさらに厳しくなる。

ある意味ではオーソドックスな絵画の佇まいを残存させている久津間律子の「想う」と宮地明人の「off」と「paradox」を見比べてみても、宮地の場合になると、絵画における「リアリズム」に質的な変容が生じている。つまり、画面の上からは、純粋な脳内イメージにノイズを与えるであろうと見なされるもの達がきれいさっぱり除去され消去されている。その空間の湿度も気温も消去されるという風に。さらには時間すら特定できないように加工されるという風に。そうすることによるイメージの効果、とくに「暗示」の効果がさらに増量することは間違いない。しかし、現実にあるもの達を消去した分、リアリティが稀薄になり、現実の世界から遊離する、浮遊する「雰囲気」が濃密になるのもまた間違いないのだ。

ここには製作意識のなかでの「リアリティ」と「リアルさ」の概念の上での区別がすでに生まれていることになる。この「リアリティ」と「リアルさ」の概念上の使い分けは作家個人において千差万別であるのだが、それがすでに生じていることだけ確認しておく。

その先のほうに待ち構えている巨大な氷壁を遠望すると、先ず手前に、波田浩司の「羽の舞う日」シリーズという絶壁が3枚聳えている。その先には、さらなる絶壁である、村山之都の「幽霊が混じる」「偽ボクサー」が滑落する運命の遭難者を待ち受けているかのように聳えている。このA地点は徒手空拳では即座に墜落するしかない。要所要所に、機敏に、幾本もの鋼鉄のハーケンをハンマーで打ち込まなければならない。

波田の「羽の舞う日」シリーズは堅牢な自覚的方法意識において緻密に構成されている。見る者に1ミリの隙を与えることなく、その画面は構成されている。それは完成形であって、その完成されたモビルスーツのヴァージョンアップだけが現下の製作の課題である。

画面の世界はどの場合にもかっちりと上下に二分されている。この世界を二分するというパースペクティヴは先の久津間にも宮地にも存在しないものである。彼らの場合、画面の上では画室から一歩も外へ出ていない、室内の限られた時空を足場にして、画面の構成を試みている。しかし波田の場合、画室から外に出て、世界に向かって足をふみだしている。しかしその世界観はきわめて単純であり空疎である。

前景には同じような(あたかもクローンのような)幾人もの男女の人体がデフォルメされた姿態で、まったくてんでばらばらな方向を向いて、そこに存在している。彼らはすぐ近くの他者にはまったくの無関心のまま、自分の関心にのみ意識を向けている。彼らの頭上には空中浮遊している二体の男女があたかも月面宙返りかイナバウアーのポーズをとっているのだ。

誰もがきっと奇妙な関心をそそられると思うが、幾つものヴァリエーションで描き分けられているが、どれもが同一の人体の形態模写に過ぎない、その人物の独得のつるんとしたタマゴ形の頭部である。とくに偏執的に描かれている、イナバウアー的な姿勢の逆さまになっている頭部がこちらの方をまっすぐ見つめている独得のフォルムは絶品である。この逆姿勢からの視線をあえて執拗に描くという方法意識は見上げたものである。そしてここに作家の世界観の主観的ポジションが描かれている。すなわち、世界を逆さまに見ることのすすめである。もちろん、作家は逆さまに見えるままの形において、脳内イメージを画面上に再構成をするという危険きわまる冒険には手を出してはいないが。

近景から視線を遠景に向けると、そこには我らが生きている現在の都市文明を象徴する摩天楼の姿がこれも奇妙にゆがんだ形でひろがっている。その上には何もない空虚な天空が無限に続いている。

さて、羽はどこにあるのか。どこから落ちて来るのか。羽はどこに着地するのか。羽は天使の羽なのか、それともただ単に作家の自意識の先端の象徴としての羽に過ぎないのか。

この舞い落ちてくる羽は確かに有元利夫の舞い落ちてくる花とも違う。有元にあって、波田にはないものが確かにそこにはある。それを想像するなら、それを想像した後の視線で、波田の「羽の舞う日」を眺めてみるなら、誰もがその違いに気づくと思う。

すなわち、有田も独得のフォルムにおいて同じような人体を描いている。波田も独得のフォルムにおいて同じような人体を描いている。しかし、私が絵画の純粋な美という視点から強く惹かれるのは有元の人体であり、舞い落ちてくる花の方なのである。

ここには絵画構成上の高度の問題が存在する。それは高等数学以上に難解かもしれない。

絵画における純粋なる美の構成というきわめて原初的な視点に誰もが幾度か純粋な絵画を眼の前にしたときに立ち返らされるのであるが、そのような絵画における純粋な美の方法的発見という前人未踏の登攀のルートは幾多の画家の運命を狂わせる魔境である。



Re: 展覧会案内 T.nakamura - 2006/03/24(Fri) 15:11 No.3673   HomePage


登攀日誌補遺(A地点)つづき(2)



現在の人間の姿をリアルに描くという主題において、個々の作家が絵画の「可能性」を命懸けで探求していることに異を唱えているのではない。そのような気はさらさらない。同時代の人間として、作家個人が製作のプロセスにおいて日々苦心し苦闘していることをけっして忘れてはいない。同じ現在の情況に、それぞれの固有の存在の生き死にを体験し、何らかの表現意思の動機を共有するものの一人として、小さな頭で考えたことをのべている。

さて、A地点でのジグザグな行程は、まさに、巨大な氷壁、波田浩司の「羽の舞う日」シリーズの前に来ている。それはかなり険しい表現の氷壁であって、私は幾本ものハーケンを我を省みずに打ちこんでいる。ずり落ちないためにである。滑落しないためである。ハーケンの1本目は世界を二分割している透視法の真ん中に打ち込まれた。2本目は独特のフォルムをした人物の頭部めがけて打ち込まれた。3本目は舞い落ちる羽に打ち込まれた。それで私の登攀の足場が確保されているのか、アヤシイモノデアル。

この地点から、通り過ぎてきたふたつの氷壁、久津間律子の「想う」と宮地明人の「off」を振り返ると、人物の構成が単数であるか、複数であるかの違いが見て取れる。単数の人物を画面上に構成することと複数の人物を画面上に構成することの本質的違いである。絵画の表現世界としては関係性の複雑さ・緻密さの密度と強度がさらに増していく。モノフォニーの世界ではなく、ポリフォニーの世界を構成するという難度の高い問題がそこでは浮上してくる。

この問題に直面して、絵画における個々の登攀家は独自のルートを独りで見つけ出すことを強いられる。それは先人の登攀家のルートの模倣から始まって、独自の修練を積み上げて、見つけ出すしかないものである。それが不可能ではなく、可能であることは、波田の「羽の舞う日」が証明している。しかし、急いで付け加えるならば、登攀家の誰もがそのことにおいて成功するという保証はない。

波田の場合は確実に成功している。それは誰もが納得することである。この発見された登攀ルートはしっかりと羽田の固有名によって縁取られている。

複数の人物をひとつの平面上に配置することが如何にむつかしいか、やってみれば、すぐわかる。そのむつかしさについて、ここであえて写真のポートレートの場合で考えてみる。写真も同じ平面上で何かを表現している。肖像写真の場合、たいていは単数である。複数の場合になると上限があって、大抵の場合、二人どまりである。それ以上の複数の人物の肖像作品はとてもとてもむつかしい。確かに、都市の路上の雑踏をとらえたり、信号を待っている、あたかも同じ表情のように見える群集をとえあえたりすることを写真はなんなくやり遂げているが、それはポートレートの範疇からはるかに食み出た領域である。単数の人物の場合であっても、ポートレート写真作品として、鑑賞に堪えるだけの密度と強度を有することはそれだけでも大変な至難の技である。それが複数の人物になり、双子関係であろうが、夫婦関係であろうが、親子関係であろうが、兄弟関係であろうが、ポートレートとして、自立した表現世界を立ち上げることとなると、さらにむつかしくなる。

そのことを念頭におくなら、波田の「羽の舞う日」シリーズの、ポリフォニックな画面構成の方法は成功していると思う。それはたぶん追随を許さない程度に完成されたスタイルであるとさえ思う。ことに、あのイナバウアー的なポーズをしている女性の顔の表情の造形には性的魅力すら輝いている。その顔のフォルムの発見は波田の並々ならぬ研究の成果であると思う。

さて問題の焦点は次なる巨大な氷壁、村山之都の「幽霊が混じる」「偽ボクサー」との位置関係にある。A地点の登攀ルートは実はここで終わるからだ。

私はあらたなハーケンを氷壁に打ち込みたい。「befor」と「after」というハーケンである。何に関しての「befor」と「after」であるかといえば、「世界崩壊」の「befor」と「after」である。すなわち、カタストロフィ以前の世界の構成か、カタストロフィ以後の世界の構成か。あるいは、その崩壊の生々しい体験をくぐり抜ける以前の構成なのか、それ以後の構成なのか。

その視点に立って、これらの二つの険しい氷壁を見比べるなら、波田の表現世界が「befor」の世界をあえて自覚的に構成していることがわかる。したがって、表現世界の構成の時系列から追いかけるなら、次にくるのは、必然的に、「after」の世界である。




Re: 展覧会案内 プラス1名@代行 - 2006/03/24(Fri) 15:24 No.3674  

竜馬管理人に、T.nakamuraさんをご存知ですかと伺ったところ、知らない人だとおっしゃっておりました。
さらに上の書き込みを見て、「勘弁してくれ~」と言って、熱出して「もう帰る」って帰っちゃいました(爆)



Re: 展覧会案内 T.nakamura - 2006/03/24(Fri) 19:09 No.3675   HomePage

登攀日誌補遺(A地点)つづき(3)


波田の表現世界が「befor」の世界をあえて自覚的に構成しているというのは、彼がカタストロフィの問題意識を確実に所有しているからである。人体のデフォルメの極限スレスレのところ、すなわち、五本の手の指の極端に反り返ったライン、あのつるんとした触感・皮膚感覚で包まれた独特の顔の造作、ことに顔の真ん中に位置する猥褻に伸びきったバナナのような鼻のかたち、最後に、あの空中浮遊するイナバウアー的姿勢でこちらを見据えている女性の独特の頭部のフォルム、さらに付け加えるなら、人体も都市の景観も、すべての存在するものがそこに居る誰の眼にも絶対に感知されず、絶対に気づかれない現代文明の圧の作用を受けてぐにゃりと歪んでいる。

さらに、波田の「羽の降る日」の世界はカタストロフィの開始が自覚的に予兆されているのだ。それが天上からさらさらと舞い降りて来る眼には見えない無数の「羽」の存在である。この「羽」は現実の羽ではなく、しかも誰の眼にも絶対認めることのできない幻の「羽」であって、それは波田の脳内イメージの世界にのみ確かに存在する。

それはカタストロフィが現実に進行していることのサインであり、象徴である。

確かに、久津間の画面に描かれている鏡とそれに映し出されている髑髏は絵画的暗示であるが、けっして絵画的象徴ではない。また、宮地の画面に描かれている犬も皿とスプーンも絵画的暗示であるが、けっして絵画的象徴ではない。しかし、波田の画面に描かれている羽だけは世界の死の絵画的象徴であって、けっして絵画的暗示ではない。

したがって、波田の「羽の降る日」というタイトルには、その「羽」の前に、「世界の死の」という修飾語句が括弧でくくられていて、それが意図的に消されているのだ。

ここまで見届けて、次の、村山之都の「幽霊が混じる」「偽ボクサー」に向かうことにする。

ここでまず私がこの氷壁を首尾よく登攀する自信がないことを告白しておくのがフェアであろう。その理由はとても個人的である。私がこの作品「幽霊が混じる」を目撃したとき、しかも作家の名前「之都」を確認したときですら、じつは、この奇妙な混沌とした世界が女性作家の手によって構築されたものだとばかり、思い込んでいたからである。この致命的な勘違い、錯覚、取り違えは、本心を言うなら、「幽霊が混じる」の表現世界を女性があえて構築したなら、全的に肯定できるという、実に、たわいのない、個人的な願望の投影にあったからである。それだから、「幽霊が混じる」の隣に並んでいる「偽ボクサー」を見た瞬間、齟齬の感覚、違和の感覚がおのずと生じたのである。こ
の「偽ボクサー」世界は女性があえて構築する世界ではないという微細な違和感である。

分かってしまえば笑い話であるが、すべての謎が氷解したときの、私の内部の小さくない失望の念はどうもがいても消えそうにもない傷として残っている。

で、この私個人の内部事情がちいさな抵抗感となって、登攀するルートを見つけようという意志を萎えさせている。(チクショウ!)

ま、仕方ないか。両作品とも、壊れた世界を描いている。一度、完全に壊れてしまった世界の破片を無数に集めて再構成するという、きわめて精神的にシンドイ様なプロセスにのみ、絵画構成の意味を見出している。それ以外の、他者がこの「幽霊が混じる」「偽ボクサー」の世界をどのように解釈しようが、批評しようが、まったく関係ないというポジションにしっかりと立っている。

久津間律子の「想う」の世界も、宮地明人の「off」と「paradox」の世界も、さらに波田浩司の「羽の舞う日」の世界も、現実感とその源泉であるマテリアルな世界の存在を前提にしている。(信じているかどうかは別であるが。)しかし、村山之都の「幽霊が混じる」「偽ボクサー」の世界は、まったく、その前提を外している。村山の表現世界構築の源泉になっているのは世界そのものではなく、この世界の表面を無限級数的に増殖し、流通している映像そのものである。

「幽霊」はじつはこの無限級数的に増殖している映像が全地球規模において飛び交う仮想現実の時空間に(のみ)存在する。それは私たちの現在のきわめてアリフレタ風景である。それを私たちは無意識に呼吸している。その空恐ろしさを暴くことは不可能な試みに違いない。それをあえて試みたなら、どうなるかの、実験を、村山は行っている。その結果が「幽霊が混じる」「偽ボクサー」の世界であるが、先ほども述べたように、出てくるのは「幽霊」みたいなものたちである。

この不気味さはわれわれ自身の存在そのものの不気味さである。(おわり)

2007'01.29.Mon
展覧会案内 投稿者:竜馬@管理人 投稿日:2006/02/18(Sat) 16:30 No.3613  
 

3613.jpg ■「川森 巧 展」

会場:札幌時計台ギャラリー 3階全室

会期:2月27日(月)~3月4日(土)

札幌市西区に居住されている自由美術協会会員の川森 巧 さんの個展のご案内です。

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