展覧会情報(旧ギャラリーどらーる掲示板より)
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■「野本 醇 個展 ― 画業55年の軌跡を含めて ― 」 札幌時計台ギャラリー 10月24日(月)~29日(土) 伊達市にお住まいの主体展・全道展会員 野本 醇 さんの個展のご案内を頂きました。 先月も小川原 脩 記念美術館での「麓彩会展」で案内状に印刷の「森の光 2004」120号を拝見して参りましたが、今回の個展は副題にもありますように、過去の55年の画業の軌跡を見せて頂けるとのことで楽しみです。 今回は近作をA室に飾り、B室には古い作品を並べられるとのことです。 昨年美術評論家の鬼丸 吉弘先生の「札幌市文化功労賞」受賞のお祝いのパーティーで、一番最初の教え子として野本 醇 さんが登場された時は驚きましたが、野本さんも私よりひと回り上の午年ですから今年75歳です。 まだまだお若く、お元気でバリバリの現役作家です。
◆「野本 醇 個展 ― 画業55年の軌跡を含めて ― 」 札幌時計台ギャラリー 野本 醇 75歳。年齢を感じさせない若さをお持ちの野本さんですが、本格的に作品を発表するようになってから55年の節目を迎えて、古い作品を含めての個展を札幌でも観て頂きたいと考えての個展の開催になりました。 新旧取混ぜて39点を飾っておりました。 A室は全道展に出品しました「森の光」(100号)と、主体展に出品した『季節の光』(100号)、そして先日「小川原 脩 記念美術館」での「麓彩会展(47)」に発表した『季節の窓』(50号)以外は全て未発表の今年の作品でありました。 A室入り口付近にモノタイプのデカルコマニー(圧力転写)を一捻りした作品が5点展示されておりました。 私は野本さんがこの種の作品を発表されたのは初めて拝見しましたが、作品制作上のヒントを得ようと実験しているうちに面白くなって作られたのではないかと勝手に想像しております。 ・「イメージの源集」 ・「青の諧調」 ・「風の影」 ・「2つの情景」 ・「海からの便り」 一捻りと書いたのは転写して剥がす時にちょっとズラすのが味噌だそうで(笑)、嬉しそうに説明して下さいました。 A室の他の新作をご紹介します。 「先生、随分描いたね」と言いますと、『うん、他にな~んにもすることが無いからね』と冗談めかしておりましたが制作意欲は益々強くなっているように感じました。
以上が新作のでありました。 B室は1950年代から2000年前後までの作品が飾られております。 今は精神性の高い硬質な作品を制作されておりますが、初期の頃の作品でとても興味を引いたのが2種、3点ありました。 当時、舗装された道路が少なかった時代に、道路工事現場からアスファルトの塊を貰い持ち帰ったそうです。 断面の光沢に惹かれて「この輝きを絵に描けないものか?」と見つめているうちに、「これを溶かして絵の具にしたらどうなるだろうか?」と思い、鍋でグツグツと煮てみたそうです。 部屋中黄色い煙と猛烈な悪臭になったそうですが、「何とか絵の具になる」と確信してボードに描いた(塗りたくった?)のが、『黒の交錯』(1956)と、『黒い核』(1957)、その拡大図だそうです。 普通の絵の具と違いきめ細かくぬれないところは油で埋めたのが効果となって気に入っていたのですが、知人に『こんなことを続けていたら肺がんになる』と言われたのと、夏になるとアスファルトが溶けて流れ落ちて来るので止めたと笑っておりました。 もうひとつ、『円のある風土』(1962)という作品が飾ってありました。 これは、京極町の側の山の中に鉱山か鉄鉱石の集積所があり、その周辺の川に沈殿している「赤い色の泥」を新日鉄の職員にもらい、絵の具として使用することを思いついたそうです。 いろいろ試行錯誤の末、背広の芯地をキャンバスにして、泥とうどん粉の糊を混ぜて絵の具としたそうです。 拡大図を見て頂ければ分かる様に、きっちりマチエールも作られておりすす。 他の昔の作品もご紹介します。 撮影している時に「札幌時計台ギャラリー」の荒巻 義雄さんが見えて『昔の作品の方が好きなんだ』と仰っておりましたが、ご覧になって頂きたいと思います。
野本 醇 さんは、B室の応接セットに腰掛けながら『いやー、昔の作品を前にしていると疲れるね~』と話しておりました。 「どうして?」と聞くと『この作品を描いた50年間の1枚ずつにその当時の苦労や思い出が浮かんでくるのでね。楽しんで描いたことが無いからね』とのことでした。 歩み続けてきた方だけの実感でしょうか。
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