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展覧会情報(旧ギャラリーどらーる掲示板より)

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感想文 投稿者:久保AB-ST元宏 投稿日:2004/11/24(Wed) 16:20 No.2225   HomePage
 

個展『小島 和夫 展』
ギャラリーどらーる 2004年11月

~~ あらかじめ失われた半身を求める旅 ~~

2004年は、自然災害の多い年であった。
異常高温、繰り返される台風、水害。そして新潟での震度7の地震による避難民の数は10万人になった。
10万人の難民と言えば、遠い中央アジアや東ヨーロッパのことであると思い込んでいたニッポン人にとっては軽いショックであったであろう。
しかも今年は全国ほとんどの地域で自然災害が起こったので、新潟の地震報道を見るにつけ、「自分が最悪ではない」と被害者意識を相対化する役割を他者の情況が構築していった。その連鎖が生むものは「被害者意識のヒエラルキー」とでも呼びたくなるもので、「同情」はそれが生む磁場に比例して増幅された。いわゆるボランティアがその代表となる。
ただし私が感じるのは、ボランティアはけっして一方通行だけの善意ではなく、ボランティアされる側が救われるのと同じように、する側も同時に救われているということだ。
その背景には同情が内包する相対的な安心感が生む後ろめたさを癒す役割もあるだろうが、もっと大きな意志がそこには動いていると私は思うのだ。

とりあえずそれを、「あらかじめ失われた半身を求める」行為であると定義してみよう。
そう想えば私の思考は一気に旅を連想させる。

旅先で出会う全ての事象は、情報の有無にかかわらず、既知感の支配下にあると感じてしまう経験を持たない者はいない。
それが、「あらかじめ失われた半身を求める」行為である。
小島和夫は旅する画家である。
彼の旅は、遠い中央アジアや東ヨーロッパなどに赴く。それは現代世界に最も大量に流通されているハリウッド的アメリカから少しはずれた風景である。
面白いのは、使われている色がハリウッド的アメリカが好むヴィヴィッドな原色を中心としたものである点。全ての作品がそうであるから、個展会場は神聖なテーマを感じさせながら同時に華やかな祝祭のイメージを観る者に与えてくれる。ペルシャ絨毯や曼荼羅を連想するまでもなく、本来はこれらのヴィヴィッド・カラーは優れて民俗文化の特徴でもあったのだ。
しかし、それを現代の私たちが処理する時には、非凡な感受性と技術が必要になる。
たとえば、緑と赤の補色対比が画面上で両者の戦いにならずに、優しい共生と逞しい生活観の象徴になっていることに注目したい。
小島の特徴でもあるあの明るく若々しい青や、アース・カラーに近い黄色すらも緑と赤と共に画面上で共存しながらも個別の魅力を放っている。
技術の無い者が真似をすれば下品になってしまう危険性のある色使いを、まるで家庭料理を定時にテーブルに並べるかのように簡単にかつ軽やかに見せてくれる技の前では思考するよりも先に、幸福感に浸りたくなってしまう。

この色使いの成功の理由は、二つある。
ひとつは、ニュートラルな存在としての白の巧みな利用方法だろう。
ただし、小島の白は白として準備された白ではなく、顔料の塗り重ねと洗い流しを繰り返した結果、彼が納得した形状と色の上に置かれたものである。
私は、それを”偶然に拮抗する作家性の回答としての白”と見る。
作品「ホイアンの橋」の、ほぼ左半分を占める神秘的な白は、中央に赤い建造物を置いて、遠景と人物の帽子と籠の植物に黄色のバリエーションを点在させて、中央上の屋根から斜め下の人物の衣服にめがけてフレッシュな青を大胆に降らせている。ここで見られる、安定の赤、豊穣の黄、動の青の役割分担は偶然ではないだろう。
さらに小島ならではの工夫が、人物の足元に右に伸びてゆく白いラインである。この白が、左半分の茫洋とした白と打ち合わせをしたかのような安定感を準備しているのだ。
ここまで赤、黄色、青を総動員しながら色の存在を忘れさせているのは、やはり白の効果であろう。
ルノワールやマティスらが、三原色を使い「色のハーモニー」を見せてくれて、ピカソや岡本太郎らが「色の洪水」を見せているとすれば、小島は「色の気配」をそっと差し出しているように私には思えてならないのだ。
何度も顔料を流しながらも、重ねてゆく手法に、小島がモチーフにする遠国の歴史の重層の暗喩であると見ることもできるかもしれない。つまり、粘り強い反復の作業が歴史の重層を疑似体験するための「儀式」であるという見方も可能であろう。ただしそれは儀式であるがゆえ、作家本人からの告白を待ちたい。

さて、色使いの成功理由のもうひとつは、小島のざっくりとした形の捕らえ方であろう。
とにかく今回の個展を見て私の脳裏から離れないのは、「復活祭」に出てくる老人の指である。
私の数少ない絵画鑑賞経験でも、画家には「指を描きたがる」それと、「指に興味を持たない」それの二種類があると感じてきた。そして、多くの画家は指を細く伸びる繊細な言語として描こうとしてきたと思う。
ところが、小島の描く指は太く丸い。
この絵は最前に立つ少年の着ているセーターとシャツで、赤、緑、青を先に提示し終えておき、後景の聖人が描かれた煉瓦の上のステンドグラスのような図と少年を橋渡しする媒介のように老人が存在している。やや胸をはって未来を見つめる少年と、やや猫背で少年を守りながら上目使いで少年と同じ方向を覗くように見る老人。二人は同じものを見ているのだが、同じようには見えてはいないのではないかと、私に想像させる。それは、題の「復活祭」が持つ多義的なイメージと直結する。老人の指に代表されるように人物は骨太に描かれてはいるが、ほんのわずかな角度の差が演出する繊細な曲線が二人の人物の背骨のラインを利用しつつも、二本隠されていることを見抜くのは、容易だ。
この造型スタイルが、小島固有の色使いと密接に結びついているのだ。

また、小品の「咲く」(SM)や「アネモネ」(SM)の細部に小島の弱点が発見できる。さらに、「胡同(北京)」(218×173cm)の屋根瓦の連続を描く時に集中が途切れたのではないかと、見抜くこともできるだろう。
それらは作家の弱点ではあるが、同時に作家の興味は色の方にあることを再確認させる補完でもある。
そして、今まで述べてきた色を表現するのに日本画は最も相応しい手段であると再確認できるのだ。
それでは日本画のジャンルの中で小島はどういう位置にいるのだろうか?
幼稚な回答で恐縮だが、彼は風景より人物に興味がある日本画家なのだろう。「路」というロバに乗って谷間を移動する魅力的な作品もあるが、これも小島は風景よりも民俗的な生活の面白さに題材を求めたのであると思う。そう考えれば、小島の特徴である色は、自然界の描写ではなく、どれもが家屋や衣服などの人工物による赤、青、黄色、緑なのである。
小品において鮮やかな色の花を好んで描いていることと比べてみると、面白い事実である。小品は小島にとっての色を捕らえるリハーサルであるのか。または自然界の花に匹敵する美しい人工の色を求めるために彼は遠い中央アジアや東ヨーロッパへと旅をするのだろうか。そうであれば彼は大自然を描きに、それらの土地へ行く画家たちとは一線を画する。
つまり、小島の旅は、大自然を描きに行ってるのではなく、「人間に逢いに行ってる」のだ。
人種や宗教や、ましてや老若男女の隔たり無く、逞しくも魅力的に描かれている人物たちを小島の絵を通して見ている私たちも実は彼らと「再会」しているのではないか、という幸福な錯覚を一瞬感じてしまう。
ボランティアされる側が救われるのと同じように、する側も同時に救われている。・・・見ること、描くこと、出会うこと。そして、見られること、描かれること、出会うこと。それらは同時に補完しあうことでもある。
ただし、それを実現するためには創造的な熱量が必要だ。安易なボランティアがすぐに底の浅さを露呈してしまうように、誰でもが旅をすれば絵を描くことができるわけではない。
そこに、もっと大きな意志が動いているのだ。
とりあえずそれを「あらかじめ失われた半身を求める」行為であると定義してみたのだが、もしかしたらそれは大きな意味での「家族」の再構築の意志なのかもしれない。
小島の絵が我々に「再会」させてくれる懐かしくも、新鮮な人々はそれを感じさせてくれている。



Re: 感想文 竜馬@管理人 - 2004/11/24(Wed) 22:49 No.2227  

久保さん、又もや力作を「どらーる掲示板」でご披露くださってありがとうございます。

川畑 盛邦さん、富田 知子さんの評論は作品評と言うより作家の(画家の)リピドーを表出させようとする精神分析医の論文みたいでとても興味深く、そして『どうしてここまで絵画を視れるのだろう』と不思議に思っておりました。
と、同時に「小島 和夫評をどう書くのか」興味深々で投稿をお待ちしておりました。
あなたが、如何にも美術評論らしい文章を書こうと意図的に視点や文体を考える人でないことは承知しておりますので、尚更に楽しみにしておりました。
タイトルに「感想文」と記した久保さんの“テレ”を除けば、私ごときが申し上げる余地のない評論だと思います。
あなたが「書評道場」で磨かれた本の読み方や、膨大な読書量に裏打ちされた文章力は既に知られていることですが、絵を視る感性の豊かさにも今更ながら驚かされます。

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