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2007'01.20.Sat
宝探しの人々 投稿者:天然記念物 投稿日:2005/02/07(Mon) 23:21 No.2549   HomePage
 

何かネタがないか、と掲示板にあったものだから、書いてみました。

世の中いろいろ事件がありますが、近ごろ用水路にお札がいっぱい捨てられていたニュースがあったのを覚えていらっしゃいますか。野球の練習中に中学生が見つけたのがきっかけで、2日連続で1700万円見つかったニュースです。あれ、我が家からそんなに遠くないところなのです。1日目の1500万円は、見つけた中学生ともども野球部の監督や仲間たちが拾ったらしいです。偽札だと思ったといっていました。
で、次の日に年配の人が200万円見つけたのですが、警察に電話して、現場保持が必要と思い手出しをしなかったのです。だから拾い集めたのは、警察官です。

ここからが、問題なのですが、あのお金は本物で、初めは拾得物ということになりました。もし落とし主が見つからなければもらえる権利は拾った行動をした人にあるんですってね。だから、2日目のお金の権利は、警察官にあるんだって!ご存じの方の多いでしょうが、私は知らなかったので、とても驚きました。

結局、このお金は、盗んだのはいいけれどあまりの大金に恐れをなした3人組が、「こわくなって捨てた」ということでした。で、盗まれた人も分かって、やれやれだったのですが、やっぱり2日目のお礼金は見つけたひとにはいかないらしい。
1700万円というのは中途半端だから、あと300万円あるはずだと震えながら溝さらいをする人まで現れる中、拾った人が、「こういうお金はこわいから、かかわらないほうがいいです」っていっていたというのを聞いて、何だかほっとしました。

埼玉新聞に、「宝探しの人々」という記事が載って、そんなようなことがいろいろ書いてありました。やっぱり、お地蔵さんに笠も上げたことがないのに、急にお金が転がり込んだら、よくないことになりそうですよね。



Re: 宝探しの人々 竜馬@管理人 - 2005/02/08(Tue) 06:25 No.2550  

天然記念物さま

1700万円発見された翌日に、6m位の長柄の虫取り網を持った人をTV局のリポーターが『何をしに行くのですか?』と追いかけておりましたね。
『魚採りだ』と答えておりました(笑)。

直接拾った人は謝礼の対象になるけれど、通報した人は拾得者と認定しないというのも不思議な法解釈だと感じました。
今回は拾った方も謝礼など要らないと言っているのは救われる気がしますね。

2000万円もの大金を無造作に置いていて知人に盗まれ、直ぐには盗難届も出していない人がいることも不可解に思いました。又、昨日の朝のニュースが伝えておりましたが、1億円だか2億円の現金を自宅に置いていて盗まれた老夫婦がおりました。
ペイオフ実施を前にして低金利の銀行に預けるよりは自宅で手元に持っていたいと思ったのでしょうか、持てる者の悩みもあるのですね。
一般庶民の金銭感覚しか持たない私には遠い悩みです。

それと、最後の『笠地蔵』の話です。
民俗学の研究者である天然記念物さまのフィールドだと思うので恐縮ですが、私は昔から何か不自然な民話だと感じておりました。
昔の時代から時の権力者というものは庶民の欲という本能を刺激したり、善とか徳とかのフイルターをかけたりしながらコントロールして来ていると思うんです。
そんな意味で民話が意図的に作られたりはしていないんでしようかね。
前からの疑問です。



Re: 宝探しの人々 天然記念物 - 2005/02/08(Tue) 21:09 No.2556   HomePage

今日乗ったタクシーの運転手さんが、あの水路のそばに住んでいるといっていました。すごい人だったと。いろいろ内輪話もしてくれました。

ところで、笠地蔵の話。
私は「昔話」は専門ではないので、それをご承知の上で、読んでください。うまく説明できないかもしれないけど。
今は、絵本などで一般的になっているので、昔話というものそのものがちがうふうに受け取られているとも言えるのですが、日本の昔話の多くは、長いこと夜語りあるいは3月3日、5月5の節供などの神聖なハレの日の儀式の一環として伝承されてきたということがわかってきています。大晦日の晩もそうです。笠地蔵はそういうときに語られてきたものです。
おじいさんが笠を売りに行くのは年の暮れ。笠をかぶせてくれたお礼にお金やお米やらお餅やらをおいていくので、おじいさんおばあさんはよいお正月を迎えられ、その後も幸せに暮らせたとなりますよね。新しい年を迎えるにふさわしい話として語られたわけです。
別に地蔵だからといって仏教ということでもなく、歳の夜に訪れる神霊の民間信仰が底にあるといわれています。いろんな地方で笠を神の印として、笠を身につけて登場する行事などがあります。
大晦日の晩は、祖先の神が歳を加えに来るのでいろりの火を消してはいけなかったし、子どもも遅くまで起きていてよいとされたから、そのときにふさわしい話をしたのでしょう。

お地蔵さんの数が6体というのがよく知られていますが、1体というのもあるし、3、7、12体のこともあります。笠でなく、褌というのもあるそうです。

この話の場合、時の権力者というよりは、無事に暮らしていくために普通の人々が選び取って、心を正したり、助け合ったり、互いに規制したり、ということで、伝えてきたのでないかと思うのですが。話ができていく間になんらかの意図を加える、利用する、ということはあったかもしれませんが、私には分かりません。とくに、民俗学としてどうかということには、そういう研究についてはよく知らないので、何も言えません。

ところで、昔語りを昼にするとネズミに笑われる、鬼がわらう、貧乏神がつくなどというのです。



そういえば心当たりが・・ 竜馬@管理人 - 2005/02/08(Tue) 22:09 No.2557  

柳田 国男さんが国内各地を巡ってこういう民話を拾い集めたと聞いたことがありますが、民俗学とか文化人類学等の学問は面白そうですね。

笠地蔵がふんどし地蔵ですか?最後の1体の笠が無くなり被っていた手ぬぐいをかけてやるクダリはどうなるんでしょう?
「穿いていたふんどしを・・」いや、失礼しました(笑)。

>ところで、昔語りを昼にするとネズミに笑われる、鬼がわらう、貧乏神がつくなどというのです。

■初耳です。ネズミや鬼に笑われるのはどうってことはありませんが、貧乏神はね・・・。
あ、もしかしたら最近一緒にいるかも知れません(笑)。



Re: 宝探しの人々 天然記念物 - 2005/02/09(Wed) 00:15 No.2559   HomePage

褌の話は、管理人様のような反応を期待した笑い話にしたという説があります。でも、そういうところ(察してください)の話は生命力への信仰ということだという説もあります。

ああ、貧乏神はそちらにお邪魔していますか。帰ってくるようにお伝えください。身の程を知って、ふさわしいところで暮らすのがいいのだと言ってやってください。

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